| 21年ぶりに優勝を果たした昭和60年、まだ激烈な首位争いを続ける8月に祖父は優勝の瞬間を待たず、宮原少年に「タイガースの胴上げを見届けよ」との言葉を残してこの世を去った。当時9歳の彼は祖父の遺言を忠実に守り、タイガースの応援に青春を賭ける若者に成長する。
大学に入ると、昼間、工事現場でバイトをしつつ、甲子園全試合を制覇。バイトの服装がタテジマの人夫服に、タイガースマーク付きヘルメット。『タイガース・エンゲル係数100%』に限りなく近い青春時代を過ごす。また、「私と阪神どっちが大事なのよ!」と言われ、彼女にフラれたこともあった。甲子園の試合は毎日、時には遠征にも出かけていた。ちなみに大学卒業論文は「阪神タイガースと経済効果」。教授は「評価のしようがない」とあきれながらも単位をくれた。
平成10年(虎年)の正月、東急ハンズでトラ柄タイツの上下を見つけ、反射的に購入。これを着て顔に黒黄のペイントを塗り、身も心も猛虎となっての応援を開始する。今の着ぐるみは2代目でフリース製(写真参照)。行きつけの店、居酒屋「虎」(西宮市今津)の常連女性客マサミさんが作ってくれた。足元は黄色にペイントした地下足袋を履くという凝りよう。社会人となった今もライト外野席で年間30試合は応援する。会社帰りの観戦には虎のスーツ、休日は着ぐるみを着装。試合に勝った時には、着ぐるみを着たまま阪神電車に乗って帰ってしまうとのこと。異色の熱烈ファンとしてテレビ出演も果たした。
野村監督の言葉、「一人で見る夢はただの夢。みんなで見る夢は現実となる夢」を心から信じ、今日も着ぐるみを着て応援を続ける。今年は3位でいいから巨人にだけは勝ち越してもらいたいと願っている。
最後に一言、と言われ「阪神タイガースはビールと一緒です。ニガいけどそこがうまい!!」
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