| 9月15日、彼にとって地獄のロード2回目の甲子園見参。広島との試合には勝ったがM1となって夜間ゲーム、横浜vsヤクルト戦の結果待ちとなった。9月16日、17日とも既にチケットは確保してあった。しかし、これ以上甲子園に残る(つまり欠勤する)と、今度は会社に居られなくなるかもしれない。そんな不安が河合さんの脳裏をよぎった。「頼む!ここで決めてくれ!」と神に祈った。
2時間後、ついに星野監督が宙に舞った。河合さんの半月に渡る苦労は最高の形で報われた。
歓喜の胴上げを見た河合さんは、日本シリーズのチケット争奪戦にも当然参加。奇跡的に第3戦から第7戦の4試合分のチケットを確保し、異動直後の部署で、休暇を申請した。「試合のない日は出勤する」ことを条件に休暇は認められた。しかし、第3戦観戦のために大阪入りした河合さんに、ピンチが訪れる。そう、雨天による、試合順延。このままではさらに金曜日も休まなければならない。第7戦までもつれ込めば、火曜日の午前まで休まなければならない。「クビになるかもしれない」「会社で批判は受けるだろう」そんな不安はなかったとは言えない。職責と夢の狭間で悩んだ挙句、出勤したら3倍働きますと宣言し、休暇の延長を申請した。残念ながら阪神タイガースはあと一歩及ばなかった。しかし、あのタイガースが、147試合戦えたことに感動し涙した。虎戦士はもちろん、日本一に輝いた鷹戦士にも拍手を送り、ともに球史に残る名勝負を見届けたホークスファンに、「来年もここで会いましょう!」と硬い握手を交わし、2003年は幕を閉じた。 阪神タイガース・ファンには、18年間、堪え忍び、我が身をすり減らし続けた人がたくさん居る。
河合正勝さんは明らかに、そういう人達を代表する一人である。 |