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★ 第19回 ★

『タイガース優勝の瞬間を見届けるためチームを追い続けた河合正勝さんの巻 』
河合正勝さんと、数々の記念グッズ。
トラキチネット・ドットコム読者の皆様、お待たせ致しました。長らく途絶えておりました伝説のファン・シリーズ「トラキチ黄金列伝」を再開いたします。

トラキチ黄金列伝は毎回熱烈なタイガースファンの方々にご登場いただき、阪神タイガースへの熱き想いを語っていただくコーナーです。

写真 : 河合正勝さんと、数々の記念グッズ。
地獄のロードのチケットが置かれている。

 今回は、阪神タイガース優勝の瞬間をこの目で見届けるために、昨年9月2日から2週間、ひたすらチームとともに行動し、あらゆる犠牲を払ってチケットを入手し、応援を続け、ついに9月15日歓喜の瞬間に立ち会った河合正勝さんをご紹介します。

 河合正勝さんは昭和47年(1972年)大阪・住吉区の生まれ。
Gファンのお兄さんに対抗して3歳の時から虎党を宣言する。子供の頃のヒーローは掛布雅之。中学1年生だった、昭和60年にはじめて甲子園に行き、優勝までM7と迫った阪神が池田親興の好投により7−0でヤクルトを破った、胴上げ前最後の甲子園でのゲームも観戦した。しかし、さすがに中学1年生では、神宮球場まで行くことができず、歓喜の胴上げはテレビ観戦であった。
以来、17年間という長い年月、タイガースが弱い時も、毎年20〜30試合、小遣いをはたいて応援に詰めかけた。

 社会人となった河合さんは、2年前、東京に転勤したが「惚れた女」にも似た存在であるタイガースへの愛情は少しも冷めず、東京の試合を中心に熱烈応援を続けた。 2003年、星野阪神は絶好調。5月頃から今年こそ絶対優勝との思いが募り、「阪神タイガース優勝の瞬間を必ずこの目で見届ける」と決心する。5月中に、9月の甲子園試合のチケットはすべて確保。いよいよ優勝が視界に入った8月の暑い夜には、神宮とナゴヤドームの試合を購入するため、夜を徹して並び、9月の公式戦はすべて確保した。そして、いよいよ運命の9月に突入した。シーズン前半・中盤の好調を維持して、すんなり優勝してくれたら苦労はしなかったのだが、悲願達成を目前にして、タイガースの足並みは急に乱れた。チームが足踏みを続けても、試合は各地を移動しておこなわれる。「暑さからくる疲労」、「会社欠勤」、「想像を絶する出費」という三重苦に耐え、河合さんは必死にチームを追い続けた。

河合さんが経験した「9月15日優勝までの地獄のロード」は下記の通り。
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9/2(火)、3(水)、4(木)日 広島市民球場 広島戦
9/5(金)、6(土)、7(日)日 甲子園球場 横浜戦
9/9(火)、10(水)、11(木)日 神宮球場 ヤクルト戦
9/12(金)、13(土)、14(日)日 ナゴヤドーム 中日戦
9/15(月)日 甲子園球場 広島戦
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 これら13試合をすべて見守り続けたのだ。
9月2〜5日の4試合(広島・横浜)は盆休みを振り替えて休みを取った。 週末を甲子園で過ごした後、東京に戻り、9〜11日は通常通り勤務してから夜は神宮で応援。9月5日の雨天中止振り替えのゲームは、チケットが手に入らず、オークションで4枚48000円のチケットを泣く泣く入手した。 12日(金)半休をとり、名古屋へ。そのまま土曜、日曜の試合を応援。結局、この3連戦でも優勝を決められず、甲子園へ向かう。

家族写真9月15日、彼にとって地獄のロード2回目の甲子園見参。広島との試合には勝ったがM1となって夜間ゲーム、横浜vsヤクルト戦の結果待ちとなった。9月16日、17日とも既にチケットは確保してあった。しかし、これ以上甲子園に残る(つまり欠勤する)と、今度は会社に居られなくなるかもしれない。そんな不安が河合さんの脳裏をよぎった。「頼む!ここで決めてくれ!」と神に祈った。

 2時間後、ついに星野監督が宙に舞った。河合さんの半月に渡る苦労は最高の形で報われた。

 歓喜の胴上げを見た河合さんは、日本シリーズのチケット争奪戦にも当然参加。奇跡的に第3戦から第7戦の4試合分のチケットを確保し、異動直後の部署で、休暇を申請した。「試合のない日は出勤する」ことを条件に休暇は認められた。しかし、第3戦観戦のために大阪入りした河合さんに、ピンチが訪れる。そう、雨天による、試合順延。このままではさらに金曜日も休まなければならない。第7戦までもつれ込めば、火曜日の午前まで休まなければならない。「クビになるかもしれない」「会社で批判は受けるだろう」そんな不安はなかったとは言えない。職責と夢の狭間で悩んだ挙句、出勤したら3倍働きますと宣言し、休暇の延長を申請した。残念ながら阪神タイガースはあと一歩及ばなかった。しかし、あのタイガースが、147試合戦えたことに感動し涙した。虎戦士はもちろん、日本一に輝いた鷹戦士にも拍手を送り、ともに球史に残る名勝負を見届けたホークスファンに、「来年もここで会いましょう!」と硬い握手を交わし、2003年は幕を閉じた。

阪神タイガース・ファンには、18年間、堪え忍び、我が身をすり減らし続けた人がたくさん居る。
河合正勝さんは明らかに、そういう人達を代表する一人である。

2004.3.12

トラキチネット アパレルでは今後も「伝説のファンシリーズ・トラキチ黄金列伝」で熱烈タイガース・ファンを紹介してまいります。
自薦・他薦を含め、掲載させていただく方を募集します。皆様のご紹介を心よりお待ちしています。
以下のアドレス info@torakichinet.com までお送りください。

−−− では次回もお楽しみに! −−−

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